視界不良の雇用環境下、ひとりの中高年求職者として出来ること。
これを書いている本日は2009年8月末、第45回衆院選の前日となる。
当サイトは、ちょうど2年前のいま頃に開設した。
この2年の月日の経過に意味を見出すためにも、就職・転職活動にはげむ中高年世代の同胞に対しては、就職環境にかかわる好転材料や、先々にわずかでも希望が感じられるような明るい話をしたいのはやまやまだ。
しかし残念ながら、中高年の就職状況はあらゆる点でこの二年間、悪化の一途をたどっている現実がある。
いや中高年世代に限らず、現在定職を持たないすべての世代にとって、働く者としてそれなりに満足のいく安定的な仕事を確保するというごく当たり前なことの実現が、今日の日本ではますます難しくなってきているのだ。
2008年後半のアメリカ発金融危機を経て、2009年7月の速報ベースの完全失業率は5.7%。
そして有効求人倍率も0.42倍と、共に過去最低となった。
統計局ホームページ/労働力調査(基本集計) 平成21年7月分(速報)結果
男性だけでみると完全失業率は6.1%、ついに6%台に突入している。
ちなみに当サイトを開設した2007年8月の男性の完全失業率は、3.8%だった。
自己都合退職の10万人増に対し、勤め先(会社)都合による退職は65万人増。
就業者数の減少割合では製造業が突出して大きく、サービス業や建設業がそれに続いている。
メディアでひと頃さかんに報道された「派遣切り」の結果が、これらの数字にストレートに現れているようだ。
求職活動をしていない人などをカウントしない完全失業率の計算方法を考えれば、実態はこの数字からさらに悪いとみるのが常識である。
仕事はないが解雇されていないだけとか職業訓練の受講中にある「隠れ失業者」を含めると、「事実上の失業率は9~10%台」といった推測も、まずは当たっているとみていいだろう。
年齢層別に完全失業率をみると、45~54歳は4.0%、55~64歳は4.9%。
全体平均や、15~24歳の9.9%、25~34歳の7.1%よりは低いが、45歳以上についてはもともとの就業割合がそれほど高くないところから出発しているので、驚くにはあたらない。
それでも月を追うごとに、数値はほぼ確実に悪化している。
新規求人倍率は0.01ポイント良化したそうだが、それでもまだ0.77倍とあっては、プラス材料と言うには弱すぎる。
有効求人倍率にいたっては、もっとも高い香川県で0.64倍。青森・沖縄が最低で、0.24倍だそうだ。
0.24倍というと、仕事につけるのはほぼ4人に1人の計算。
青森や沖縄の中高年求職者は、この状況で、若い世代に混じって就職活動をしなければならないのだ。
当サイトでは以前、中高年の就職に関わる統計・データは、本質的に無関係(1)。で、「雇用統計などを気にしすぎるな」という趣旨のことを書いた。
結局は採用する会社とあなたとの一対一の関係だから、それだけを見つめて活動する以外にない。
今日でもその点においては、コトの本質は変わっていない。
しかし求人環境がここまで加速度的に悪くなる一方、これから総選挙をはさんで経済・雇用環境がどう転ぶのか、ますます視界不良となることはほぼ確実だ。
私が人を雇う経営者の立場だったら、雇用政策の見通しがはっきりしてくるまでは、採用などの積極的なアクションは控えるだろう。
ただでさえ飛行環境が悪いなか、しかもこれから暴風圏域に突入しようというときに、新人パイロットに操縦桿を握らせるような判断をする経営者は、ゼロとは言わないまでもそう多くはないはずだ。
追加の失業対策や採用にかかわる中小企業助成などが、あるのかどうか。
はやくても政治的に落ち着きを見せる半年後くらいに、人を少しは採っても大丈夫そうだ…と思った段階でようやくソロソロ動き始める、という企業がやはり多数派ではないだろうか。
人生経験豊かな中高年世代としては、転職・再就職活動がうまくいかないことを自己の責任としない己が大人げなく思えて、あるいは心理的抵抗を感じるかもしれない。
また、何十通も履歴書を出してもうまくいかない今のあなたに、「まだまだ努力が足りない」「仕事を選んでいるからだ」などと、周囲は無慈悲に言い放つかもしれない。
しかし雇用環境がここまでひどくなった今日に至っては、「中高年求職者のあなたが求めて職を得られないのは、まったくもってあなたのせいではない」と言い切ってよさそうだ。
あなたが自分を、一芸に秀でずともごく普通の能力の持ち主だと考えていて、それほど選り好みもせずに求職活動をやり続けている自覚があるのなら、「これだけがんばっても仕事につけないのは、もはやそういった世の中のほうがおかしい」と考えてよい時世になったということだ。
以前に現実を、「達観」せよ。などでも書いたが、いまの日本の就職環境のこのひどさは、あなたの責任に属する問題ではない。
自己責任論はどうしたって、「言って諭す側にとって都合のいい論法」である。
ごく普通の中高年世代ならば、自分のこれまでの生き様については、自身の責任をなんらかのかたちで多かれ少なかれ、心のうちでひそかに認めているものだ。
反省も後悔も、それなりにあるだろう。
「1%たりとも自分は悪くない」という人など、まずいないだろう。
それを超えて、本人が自分を責めたてるレベルまで、外部から責任を上積みし圧力をかけようとする行為のどこに、その正当性があるというのだろう。
あなたがいま自らひそかに感じ負っているはずの責任について、他人が「いや、その程度の自己責任ではまだまだ足りない」とばかりに文句をつけてくる、その軽重の測定根拠はいったい何なのだろうか。
「選ばなければ仕事はある、ぜいたくを言うな」と他人があなたに言い放つことは、あなたの人生へのあからさまな侵蝕である。
あなたの人生は、これまでも自身のさまざまな選択を通じて、あなたが作り上げてきたものだ。
そのなかで「職業の選択」にかかわる価値観についてだけ、他人が口をはさんであなたの意思決定を左右することが許されるとする理由は何なのだろう。
そもそも自分の意思で選んでこそ、「職業」のはずだ。
自分の意思や判断を介在させる余地がなければ、強制労働と大して変わらない。
職業的能力の優劣で選別されているのなら、まだあきらめもつくかもしれない。
が、今はごく普通に人生を送ってきた中高年にとっての求職のハードルが、異様なまでに高すぎる。
ただでさえ年齢差別や性差別などの非合理的要素が、ハードルそのものにビルドインされた状態から出発させられているのに、だ。
需要過多・供給過小の特殊な専門能力に長けたスーパー中高年でない限り、あるいは自分らしく働けそうにない会社に気持ちを押し殺して応募しない限り、転職や再就職することがかなわない社会なら、そんな社会のほうがどうかしているのだ。
ネットで「失業 自己責任」などと打って探してみると、賛否それぞれの意見がたくさんでてくる。
時間があるなら、いろいろと読んで考えてみるのもよいだろう。
以下、いくつか紹介しよう:
・失業問題における「自己責任」論は、間違いです。 (院生兼務取締役の独り言)
・失業は「自己責任」ではない (池田信夫 blog)
・ドイツにおける自己責任論(北海道若者サポートステーション)
ただし、「では、誰の(社会のどの部分の)責任か?」などという真犯人探しは、いまは止めておいたほうがよい。
正解にたどりついたところでさして実益はないし、そんな時間があるなら今は就職活動に使うべきだろう。
中高年のあなたが、このあまりにも過酷な環境のもとでこれからも、転職・就職・再就職の活動を続けるならば(そのつもりだと思うが)、まず手始めに「就職が決まらないのは自己責任」などと思うのを、ただちに止めることだ。
そうしてまず気持ちを少しでも楽にしてから、就職活動に戻ることにしよう。
…それでは、この先はどうなるのだろうか?
幸運にも環境が好転するかもしれないが、この先の雇用状況がさらに厳しくなる可能性も、これまでの流れからして十分にあるだろう。
どちらに転んでも、一個人としては、そのときの自分の決断に後悔の無いよう精一杯考えて動く、ということしかなさそうだ。
あるいはどこかに雇われるという選択をせず、起業してやってみることも、活路を見出すべく真剣に検討すべきかもしれない。
いやいや起業は今後のリスクが高い、困難であっても就職活動を続けるほうを選ぶ…というなら、それももちろん、ひとつの立派な選択だ。
あなたがそれを自分で選び取ったという事実だけで、それは十二分に尊重されるべきだ。
転職・就職活動を続けるにせよ、あるいは起業するにせよ、あなたは、あなたの責任にはかかわらないこの厳しい環境のもとで、悩んだり迷ったりしながらも、自分と自分の家族のためによく考え、自分で決めたことをやる。
あなたの目の前に今あるのはきっと、ただそれだけのことなのだ。
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