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視界不良の雇用環境下、一人の中高年求職者として。


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当サイトを開設して、はや8年が過ぎた。

この数年の月日の経過に意味を見出すためにも、再就職・転職活動にはげむ中高年世代の同胞には、就職環境にかかわる好転材料や、先々にわずかでも希望が感じられるような明るい話をしたいのはやまやまだ。

しかし残念ながら中高年の就職状況は、この数年間改善らしい改善をみていないという現実がある。

いや中高年世代に限らず、現在定職を持たないすべての世代にとって、働く者としてそれなりに満足のいく安定的な仕事を確保するというごく当たり前なことの実現が、今日の日本ではますます難しくなってきていることは疑いない。


2014年平均の完全失業率は、3.6%。各種の報道によると、わずかながら改善傾向にはあるそうだ。

正社員でなく、近年増え続ける非正規雇用者数の伸びが支えている「改善」であることを思えば、さほど喜ばしい気持ちにはなれない。中高年の求職者にとっては、なおさらだ。

求職活動をしていない人などをカウントしない完全失業率の計算方法を考えれば、実態はこれらの数字よりさらに悪いとみるのが常識である。

職についているが仕事は無く解雇されていないだけの「実質的な無業者」や、職業訓練の受講中にある「隠れ失業者」までも含めると、「事実上の失業率は9~10%台」といった推測もかなり真実に近いとみていいだろう。


当サイトでは以前、中高年の就職に、統計・データは無関係(1)。で、「雇用統計などは気にするな」という趣旨のことを書いた。

結局は採用する会社とあなたとの一対一の関係だから、それだけを見つめて活動する以外にない。今日でもその点においては、コトの本質は変わっていない。


人生経験豊かな中高年世代としては、転職・再就職活動がうまくいかないことを自己の責任としない己が大人げなく思えたり、あるいは心理的抵抗を感じるかもしれない。

また、何十通も履歴書を出してもうまくいかない今のあなたに、「まだまだ努力が足りない」「仕事を選んでいるからだ」などと、周囲は無慈悲に言い放つかもしれない。


しかし中高年の雇用環境がここまでひどい状況に至っては、「中高年求職者のあなたが求めて職を得られないのは、まったくもってあなたのせいではない」と、言い切ってよさそうだ

あなたが自分を、一芸に秀でずともごく普通の能力の持ち主だと考えていて、それほど選り好みもせずに求職活動をやり続けている自覚があるのなら、「これだけがんばっても仕事につけないのは、もはやそういった世の中のほうがおかしい」と考えてよい時世になった、ということだ。


以前に現実を、「達観」せよ。などでも書いたが、いまの日本の就職環境のこのひどさは、あなたの責任に属する問題ではない。

自己責任論はどうしたって、「言って諭す側にとって都合のいい論法」である。


ごく普通の中高年世代ならば、自分のこれまでの生き様については、自身の責任を何らかのかたちで多かれ少なかれ、心のうちでひそかに認めているものだ。

反省も後悔も、それなりにあるだろう。「1%たりとも自分は悪くない」という人など、まずいないだろう。

それを超えて本人が自分を責めたてるレベルまで、外部から責任を上積みして圧力をかけようとする行為のどこに、その正当性があるというのだろう。

あなたがいま自らひそかに感じ負っているはずの責任について、他人が「いや、その程度の自己責任ではまだまだ足りない」とばかりに文句をつけてくる、その軽重の測定根拠とは、いったい何なのだろうか。


「選ばなければ仕事はある、ぜいたくを言うな」と他人があなたに言い放つことは、あなたの人生に対するあからさまな侵蝕である。

あなたの人生は、これまでも自身のさまざまな選択を通じて、あなたが作り上げてきたものだ。

そのなかで「職業の選択」にかかわる価値観についてだけ、他人が口をはさんであなたの意思決定を左右することが許されるとする理由は、何なのだろう。

そもそも自分の意思で選んでこそ、「職業」のはずだ。自分の意思や判断を介在させる余地がなければ、強制労働と大して変わらない。

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職業的能力の優劣で選別されているのなら、まだあきらめもつくかもしれない。

が、今はごく普通に人生を送ってきた中高年にとっての求職のハードルが、異様なまでに高すぎる。

ただでさえ年齢差別や性差別などの非合理的要素が、ハードルそのものにビルドインされた状態から出発させられているのに、だ。


需要過多・供給過小の特殊な専門能力に長けたスーパー中高年でない限り、あるいは自分らしく働けそうにない会社に気持ちを押し殺して応募しない限り、転職や再就職することがかなわない社会なら、やはりそんな社会のほうがどうかしているのだ。


ネットで「失業 自己責任」などと打って探してみると、賛否それぞれの意見がたくさんでてくる。時間があるなら、いろいろと読んで考えてみるのもよいだろう。

以下に2つ、参考記事をご紹介しよう:

失業問題における「自己責任」論は、間違いです。 (院生兼務取締役の独り言)
ドイツにおける自己責任論(北海道若者サポートステーション)


ただし、「では、誰の(社会のどの部分の)責任か?」などという真犯人探しは、いまは止めておいたほうがよい。

正解にたどりついたところでさして実益はないし、そんな時間があるなら、今は就職活動に使うべきだろう。


中高年のあなたが、このあまりにも過酷な環境のもとでこれからも、転職・再就職の活動を続けるならば(そのつもりだと思うが)、まず手始めに「就職が決まらないのは自己責任」などと思うのをただちに止めることだ。

そうしてまず気持ちを少しでも楽にしてから、就職活動に戻ることにしよう。


…それでは、この先はどうなるのだろうか?

少子化が進み、昨今の若い世代の労働力需給はひっ迫しつつあるようだ。しかしこと中高年世代に限れば、この先の雇用状況が今以上に厳しくなる可能性もまた、十分にあるだろう。

どちらに転んでも一個人としては、そのときの自分の決断に後悔の無いよう精一杯考えて動く、ということしかなさそうだ。


あるいはどこかに雇われるという選択をせず、起業してやってみることも、活路を見出すべく真剣に検討すべきかもしれない。

いやいや起業は今後のリスクが高い、困難であっても就職活動を続けるほうを選ぶ…というなら、それももちろん一つの立派な選択だ。

あなたがそれを「自分で選び取った」という事実だけで、それは十二分に尊重されるべきだ。


転職・再就職活動を続けるにせよ起業するにせよ、あなたは、あなたの責任にはかかわらないこの厳しい環境のもとで悩んだり迷ったりしながらも、自分と自分の家族のためによく考えて、自分で決めたことをやる。

あなたの目の前に今あるのはきっと、ただそれだけのことなのだ。



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